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小さい時は親や先生がいわゆる〝答え〟で、
あるいは足が速いだとか、100点満点だとか、
正解という名前のゴールは明確で近くにあったような気がします。

時がたつと徐々に答えはいく通りにも増えて、深くなっていって、遠くなっていってうっすらぼやけてくるようになりました。
それに怖さを感じたり、ドキドキを感じたり、

26歳にもなって余裕がない状況ですがれる人がいました、
この人ならどうにかしてくれんじゃないだろうか、
先生や親のような、答えを持っているんじゃないだろうか、
そう思える人が遠慮のない身近な存在としていたのは本当に恵まれている環境でした。
これからは少し離れて、手探りで向かうことになります。

窮地ではあるけれど、みかたをかえれば、答えを得るためのチャンス、
辛い時こそ、真っ向に向かう先には、まだ知らない何かがあって
ぜえぜえいいながらも、それが血となり肉となり、
心のスタミナもついて、いづれ足取りも軽くなる、

やっと生きる上での答えは実は外にはなくて、
実は自分の中にある、ことが身にしみて感じるようになってきました。

窮地から逃げない、

先日の花火、、

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by httq_www_newtral | 2008-09-05 03:51 | ウワノソラ
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