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ミラノへいってかなり変わってきている感じがあって、
それは、ココロを動かされるものについて、

例えば感動するものに対して、
誰かが感動するからやってみて、といわれるとします。
それを実際やってみて感動したという感覚は、ホントに自分で思っているのかということ、
なにかもとから感動するんだろうという、あらかじめの情報の予測のもと、
それを実際やってこれが感動って感覚なのか~、みたいな、
感動した風になってはいないか、
振り返ると感動した気になっているものもたくさんあるだろうし、
〝感動した〟中でもかなり大きさにばらつきがあると思うし、
さらにスポーツのように高揚の感動だとか、
自然の景色のように安堵のような感動もある。
きちんと自分の感動のものさしで計れているかということはかなり重要じゃないかと思っていて、
もちろん人が感動したものでも自分にはココロを動かされない場合もあるだろうし、
それに対する理解がまだ浅いから感動する要因をつかめないということもあります。
ただ自分の素直な気持ちでココロを動かされるものと対峙する、
それはやっていったほうが自分に対する素敵なモノコトに出会えるんじゃないかと思います。

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by httq_www_newtral | 2008-04-28 01:07 | ウワノソラ
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