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友人のウェブサイトができました。
興味のある方は是非。
彼はまだ23歳なのですが、
壁を壁とも思わないであろう彼の姿勢にはホント尊敬します。
階段を何段飛ばしでいってるんだよ〜、って思う。
それはそれで一つの方向性での彼の圧倒的な魅力、
そんな才能を持たない僕は僕で、そこに秀でてない分きっとなにかあるんじゃないかと思いたい。
なんとなくだけど、
人には生まれながらの同じだけのキャパシティ決まっていて、
みんなどこかの方向性に秀でている。
人生はそれをみつける宝探しみたいな。
人の秀でているところをみることはわくわくするイメージに繋がって、
それが自分の後押しをする、
ちょっとした短所もご愛嬌。
結局、みんながみんなを支え合っている。
連絡をする度にいつもやる気を頂きます、そんな彼にほんとありがとう。
出会った人生にありがとう。

感情は伝染する、
人と人でもそうですが、
音からも、もらうことを実感。
楽しい音を聞いた後はなんか楽しい。
〝なんか〟でもきっといいことも世の中たくさんあるんだと思う。
〝なんか〟って言葉が最近好きだ。
根拠は分からないんだけど、
なんかいい、
実際に自分はいいと感じているということは、
リアルとしてそこにある訳で、
なんかわかんないけど、なんかいい。
理解しないが故のことかもしれないけど、
それでもいいこともたくさん。それでもいいんだ。
いいイメージをもつことで、リアルが動かされ、目の前が変わることだってある。


フィッシュストーリーを見た。
僕らがしたことももしかしたら遠い未来で未だ誰かも知らない人にさえも繋がっている、

僕らのやっていることは、誰かのほんのほんの一部分でしかないかもしれないけれど、
みんなのそれが集まって、集まって、その人の環境を作り上げている。
僕らのもしかしたら間違っているかもしれないけれど、
こうだと思い、モラルをもってやっていることが、
まわり回って、みんなが生きているこの世の中の、誰かのなにかに影響を与えていて、
誰かが、それがあったからこそ、なにか、ちょっとした、いや、もしかすると先の未来に大きな成果のついているなにかを、動かす原動力になっているのかもしれない。
そんなことはみえないけれど、絶対に起こっている。
みんなは一人ではけっして生きていない、と私は信じたい。
そして僕もけっして一人では生きていない。
根拠のない自信。
そんなことを思う漠然とした〝なんか〟が集まって集まってもきっとなにかを動かす大きなチカラになるんだと思う。
だから毎日の生活に、決して腐らず、あきらめず、
確信があることなんてないのだから、確信がなくとも希望をもって、
毎日の生活にのぞむことができれば、
たくさんの人生〝無〟になるまでの幸せがそこには待っているんじゃないかと思う。
絶対に待っていると思う。


人に自分を知ってもらいたい。
そんなことはよくあると思う。
好きな人に、友人に自分という人間を知ってもらいたい、
本当に好きな人、信用したい人には、理想や立て前の自分を見せようとはあまりしないと思う。
みんな人は弱いって知っているから。
それならまず偽りのない自分を見せるべきなんじゃないかと思う。
大人になればなるほど、自分以外の環境の中で、自分の本心を隠してしまいがちであるけれど、
隠せば隠すほどに、自分でも本心がよくわからなくなってくる。
なにが本当に自分だったっけ、って。
本心がわからなくなって、人の見本帳をみるよりも、ちょっとかたちは悪いけれど、
本当の自分の本心をみるほうがよっぽどいいと思う。
弱さは誰にでもあります。
それを理解していれば、必ず修正していけるから。


みんな最初、出発点は漠然だ。
それを努力の上で確信に変えていく。
問題はその漠然にモラルがあるかどうかだと思う。
確信よりもさきに自分にモラルを磨くべきだ。
モラルは人それぞれ違うのはもちろんだけど、
モラルの上でみんな共通なのは、きっと人に迷惑をかけないことだ。
それがあればたいていの漠然はうまく機能するじゃないかと思う。
世の中ちょっと明るくなって、
この前よりもなんか世の中よくないってなって、
この前よりもよくなってないっていうイメージが、
なんとなくだけどそれが実際世の中をよくしていく。
漠然から確信は生まれる。


毎日の中に旅をしよう。
繰り返しのなんか実感のない毎日を。
なんか蜃気楼のような毎日を。
みんなから離れて自分一人になったとたんにちょっと落ち込んでしまうような毎日を。
旅には危険はつきものだけれど、
そのいつもよりちょっとした、視点の広さや、注意深さが、
いつもと違った一日の視点を生み、
今まで知らなかった掌からすりぬけていた毎日の風景をあたえてくれるかもしれない。
毎日は自分が思っている以上にたくさんの自分の心に刺激的なことがゴロゴロと転がっている。
拾った瞬間に毎日は彩りをつけ、
生きているそのたった今よりも前のことでちょっと足かせがあったことから様々なことを解放してくれる。
自由とは、
自分が生きる道は〝他人ではない自分がこの自分をこれまでもこれからもなにもかも選択している〟ということを認識することだったんだとなんとなく思う。
それが積もり積もって新しい、未だ知らない、自分を知る、毎日に旅をしていくことなんだと思う。
毎日に旅を。
新しい毎日に、今生きているその今よりも知らない未来に希望を。
終着点は草の根っこのように、つちの下のことをぼくらはみれないように、無限にあります。
不確定の毎日に彩りを、
繰り返しの毎日に、旅する心構えを持とう。
私はもつように思いたい。信じたい。
根拠はなくても、それがその先になにか実りある何かになるように。


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by httq_www_newtral | 2010-03-15 02:35 | ウワノソラ
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