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自分の中にあの人のあの言葉がある。

その人のその言葉が先の将来、この場面でこうすることができていた。
小さいときには気づかなかったのかもしれないけど、
そういうことって気づいてみれば、よくあったんだと思います。
その時には反抗したり、当たり前のように受け取っていたのかもしれないけど、改めて気づいて、ありがたさを知る。

親に褒められた言葉も、先輩や先生に怒られた言葉も、
友人に言われた、うれしい言葉も、辛い言葉も、
今これだけ頑張れていた、
周りにこうしていた、
そのチカラの一つになっていると思います。

心の方から言葉は出てきますが、
言葉から心が影響を受けることもあります。
あの時のあの言葉がなければ自分はもう少し変わっていたかもしれない。

言葉は時間を越えて、私達の何かを変えていることもあるかもしれません。
こうしているのもあの人達の言葉があったから、と思える。
それだけで今、幸せが一個増えた、そんなものだと思います。
モノだけでなく心でも、幸せは増やせます。
心で幸せを増やせる人であればいいなと思います。

外に出たときに豆がパラパラ落ちていました。
節分だ、
鬼はこの世にいるかどうかは分からないけど、
節分はそう思うことができるか、願うことができるか、というところが非常に重要なんだと思います。
豆巻いて無病息災を願うなんて、、と思ってしまえるんであればやらなくてもかまわないんだろうし、

節分にしても、お賽銭にしても、お祭りにしても、
信じることができるんであればそれでいい。
みんななにかを感じることができるんであればそれでいい。
具体的に誰かにやっているものではなくて、自分の心にやっているところが大きいんじゃいかと思うから。

機会は毎年必ずやってくる、というのは歳を取ればとるほど素敵なことだと思います。
節目を私達にくれます。

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by httq_www_newtral | 2010-02-05 01:08 | ウワノソラ
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