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毎週続く平日4連休が始まります。
平日四日間は今は人に会う機会も少なくしているので
誰も人がいない中で自分のことを自分で深く知りたいと思うんだけども、
自分のことなんて全然分かってない、
とある状況下での自分程度しか知らない、
身をおいている環境で自分はコロコロ変わるし、それがうその自分という訳ではない、
となると自分という意思が有る、という概念自体が間違っているのかもしれない、
意思は生きる為の、たえず変化していく環境に適応する為に、記憶をただ集約しただけのもので、結果論なのかもしれない。

過去という大きな固まりと、未来にある大きな固まりの間にある、意識の本体っぽいものが有る今、この一瞬、
一瞬前ももう戻れない変えようもない過去で、
その過去を見れば、今生きている自分も、例えば今生きてない人だとしても、並列で、過去だけを切り取って言えば差異はない、

今、生きている、意識が有る、時間は確実に進んでいる事実、

自分の中にあるこのなにかに向かおうとする気持ちや欲求は果たしてなにか?自分か?
yesであればいいんだけれど、そう思えなくて、でもnoでもしっくりこなくて、
そもそもモノゴトの答えのyes,noというラインをひくんであれば、それは何かが基準になっているからであって、
その基準というのは、自分を知る為の問いに関しては全て曖昧で、
曖昧なんであれば、yesもnoもなくて、
さらにだからといって、中間のなにかでもなくて、
有るけど、無い、
自分を知ろうとしているフリだったかもしれない、
ツケが回ってきているのかもしれません、
解決できないんであれば、とりあえずとにかくやって、やって、やる。

でも生きる意義を見つけたいと思うのはきっと人だけで、
きっとそうなったのはなにか長い歴史の上で進む必然の上にあるんだと思うので、
それはきっと光のような、なにかが有るんだろうと思う。
そこには自分とはという答えに近いものが有るんだと思うし、
知りたいなと心から思います。

信じればそれでいい、っていうシンプルな話なのかもしれません。
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by httq_www_newtral | 2009-04-20 03:49 | ウワノソラ
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